topimage

一樹之陰を信じますか? -  2022.01.18 Tue

木育異端児の天声樹語(6)

一樹之陰【イチジュノカゲ】とは
この世の人との出会いや関係は
全て前世の縁によるものということ。
見知らぬ人同士が
一本の木に寄って、雨宿りをするのも
前世からの縁である。
という意味の四字熟語である。

20220101.jpg

あなたは前世というものを
信じられるだろうか?

わたしは
前世の記憶があり
ひとつ前の人生の
最後の一日を覚えている。

数年前から
私の身の回りにも
この手の記憶を持っている子供が
数人あらわれ始めた。

体内記憶や前世をテーマにした
ドキュメンタリー映画「かみさとのやくそく」(2013公開)でも
このような子供が増えていることを言っており
近年増加傾向にあるようだ。

犬の生まれ変わりをテーマにした映画もあり
「僕のワンダフル・ライフ」(2017公開)では
大好きな飼い主に会いたくて
何度も生まれ変わる犬のお話。
こちらはフィクションではあるが
とても考えさせられる。

これらの映画を思い出すと共に
植物はどうなのだろうかと
考えてしまう。

動植物は
アチラの世界に戻ると
同じ種族どうしで
ひとつの魂となり

人間に
いじめられたとか
良くされたとか
地球がどうだとか
生きて学んだことの
情報を共有するらしい。

もしも、
あの花束は
今のあなたに会いたくて
何度もそこに来ているとしたら

もしも
ふと気になった、その樹は
今世のあなたが会いたくて
無意識に出会いに行ったとしたら

20220103.jpg

あなたは
そこから何を感じ取るだろうか?
植物と再会した時に
どんな良い土産話ができるだろうか?

前世というのを
信じるか信じないかは別としても
自分の過去を振り返り
あらためて成長に気付き
認めてあげるのは
とても大事である。

さて、あなたは
入社、入学、成人式など
あの時あの節目と比べたら
どのような成長が出来ましたか?



◆木育マイスター デニーロ石谷

樹木医は、人間のエゴイズム -  2021.12.14 Tue

木育異端児の天声樹語(5)

肩書は時として
物事の見方を偏らせる。

一般的に樹木医になる人は
造園業か林業に携わっており
仕事の一環として資格を取得する人が多い。
当然、樹木を主体として考える。

わたしの場合は
趣味の延長として資格を取得。
植物を好きになって
いろいろと調べれば調べるほど
≪共存、共栄、調和≫の
生き方を知り
教科書では教えてくれない
輝かしい食物連鎖に感銘を受けた。
だから考え方は、全体観。

この違いで
樹木の病気に対しても
≪ミカタ≫が変わる

樹木が寿命を迎えるとき
大半は≪腐って枯れる≫

幹が徐々に腐っていくことで
・生理機能が衰え、生命維持ができなくなる。
・幹が脆くなり、強風によって折れる。
このようにして死んでいく。

≪腐る≫というのは
木材腐朽菌という菌(キノコ)が
樹木に感染し(棲みつき)
幹(木材の部分)を分解していくことである。

20211206.jpg
白いキノコ「サンゴハリタケ」

つまり
キノコが樹木をエサにして
繁殖しているということ。

樹木が枯死する病気は
≪他の生物≫によるものだということ。

人が病気で死ぬときは
自分の細胞が、ガン化したり
食生活が原因で血管がつまったり
ほとんど≪自分が原因≫
そして、治療するか否かは≪本人の意思≫
 
この違いの真意を
樹木医は理解しているだろうか。

街のサクラを診て
腐ったところ取り除いて
殺菌剤とかで薬漬けにして
花をキレイに咲かせて
『 すごく良いことをした!』
などと思うのは人間のエゴでしかない。

サバンナでシマウマが
ライオンに襲われそうだから
ライオン追い払って
『 すごく良いことした! 』って
思えるだろうか?
お腹を空かせて待つ
仔ライオンのことは、どう考えるのか?

樹木医の仕事は、人のエゴで
食物連鎖に介入していることを
認識しなければならない。

この理屈を説明しても
往々にして年配の人は理解しない。
木材腐朽菌=悪い菌
人のため=良いこと
このような、物事の見方しかできない。

この世に
良い悪いは無い。

ただ存在し、ただ生きているだけ。

20211207.jpg
黒いキノコ「モミサルノコシカケ」

わたしは
樹木の治療を悪いことだと
思ってはいない。

人の安全を優先するために
伐採の判断をすることもあるし
癒しや、心の拠り所として
樹木を育むのも大切なこと。

文明社会で生きる限りエゴは付きもの。

わかってもらいたいのは
人間のエゴで
お金を稼がせてもらっていることを
認識できているかどうか。

これが、わからないと
肩書を笠に着て、勘違い発言をする
≪造園屋のお医者さんごっこ≫
に、なってしまう。

私たち人間も、自然の一部
決して傲慢になってはいけない。



◆木育マイスター デニーロ石谷

木育は、視野偏狭であってはならない -  2021.11.15 Mon

木育異端児の天声樹語(4)

わたしたちは
ありとあらゆるところで
木の恵みを受けている。

水、空気、家、家具、箸、お茶、薬、ゴム、癒しの空間など
あげると切りがないほど多い。
つまり、何をしても木育につながる。

だから
「あれも木育、これも木育」
と言える。

木育界では
これらを、2つの色で表現している。

木材との、ふれあいは「茶色の木育」
生きている樹木との、ふれあいは「緑の木育」

では
木育異端児デニーロさんは
何色の木育なのか?

わたしは ≪ ピンクの木育 ≫

言葉の響きだけだと
おふざけに聞こえるが
中身は至って真面目な
心(ピンク)に焦点を当てた木育である。

20211101.jpg

20211102.jpg

心理学の投影法をベースに
コーチングや各種セラピーを
取り入れて作った
樹木を用いて内観する手法である。

能動的に、自分の心へアプローチし
自身で気付かなかった自分に出会う。
従来の漠然とスッキリする
受動的な、癒しの森林散策とは違う
新しい森の歩き方である。

セラピストや心を扱う職業の人
精神世界を深く理解している人達からは
好評であるのだが…

このピンク色は
茶色と緑色の陣営からすると
なかなか理解しがたいようだ。

都合の良いことだけを受け入れて
地に足がついていない「ふわスピ」や
いつまでたっても悩みが尽きない
ジメっと感が強い「湿【しめ】リチュアル」など
心や精神世界の本質を理解していない人達と
一緒にされるのは、とても心外である。

決して巷に溢れている
チープなスピリチュアルではない。

この捉え方のギャップは
≪観点の違い≫で起こる。

木育業界に限らず世間一般的に
≪ どこを、どこから、どのように見るのか ≫
は、物事の本質を捉えるうえで
とても重要なことである。
知らずに否定は、バカのはじまりと言えよう。

わたしは、
複数回の異業界転職、
多趣味、コミュニティの数々によって
一般の人よりも多角的な視点を
取り入れられていると思う。

ピンクの木育ができたのは
たくさんの
人・モノ・コトと出会えた
おかげである。

20211103.jpg

木育の良さは
自分の感性で好きな色の活動が
できることではなかろうか。

さらなる木育の発展には
木育に関わる人々の
観点の豊かさに
かかっていると思う。



◆木育マイスター デニーロ石谷

その木育は、誰が求めていますか? -  2021.10.19 Tue

木育異端児の天声樹語(3)

木育イベントに限らず
環境系のイベントで、たまに見られるのが
行政の実績作りや
起業のイメージアップに利用された
薄っぺらな内容のもの。

イベントをすること自体が目的になっており
相手が何のために参加するのかを
深く考えていない。

主催は無自覚に
『 良いことをしているのだから、
やる事に意味があるのだ! 』
というような、
考えを持っているのかもしれない。

このような
≪ 環境意識の押し付けイベント ≫は
参観者には、物足りなさ
現場スタッフには、虚しさを
感じさせる。

これは
木育マイスター主催の
イベントでも例外ではなく
本人に自覚がないことすらある。

なぜ
≪ 環境イベントの空虚感現象 ≫が
起きるのだろうか?

それは
商品(モノ、体験、講座など)づくりの
知識が無いことが問題であると感じている。

202110ws01.jpeg

わたしは、個人向けに
講座やセラピーをしていることもあり
≪ 相手が望むゴール(満足)は何か? ≫を
明確にしてイベントを企画していく。

お互いに≪ 何のために? ≫を
明確にしたイベントは
自分達の、モチベーションを上げ
参観者の、満足度を上げることが出来る。
つまり
健全にイベントを次へ繋げられる。

とはいえ
やはり、イベントをゼロから考えるのは難しい。
今回は
木育イベント企画のための
「考えよう木育イベント!(簡易版)」を
掲載しているので
ぜひ、ワークシートを活用して
木育イベントを企画していただきたい。

●木育イベントを考えよう簡易版ワークシート1.pdf
●木育イベントを考えよう簡易版ワークシート2.pdf
202110ws02.jpg
 

(次回に続く)


◆木育マイスター デニーロ石谷

あなたは、なぜ木育マイスターになったのか? -  2021.09.12 Sun

木育異端児の天声樹語(2)

そもそも自分は
なぜ木育マイスターになろうとしたのか?

それは《直観》である。

普段から
何かを始める時に理由なんて考えない。

正確にいうと
左脳(理屈)ではなく、右脳(感覚)で捉えている。

わたしの個人的な直観の解釈の一つとして
処理スピードが速い、イメージ担当の右脳の閃きに対して
処理スピードが遅い、理論担当の左脳は理解が出来ない。
つまり、イメージは出来ても、
理屈を言葉に出来ない状態であると思っている。

右脳の閃きを信じて行動すると
徐々に左脳は、“コト”の内容を理解する。
言い換えると
《理屈が後から、ついてくる》

20210901.jpg

この木育マイスターも、そうだった。
自分の考えや価値観を変え
さらには、人生の道までも変えてしまう
大きな転換期になった。

次に
直観で行動したあとで
大事にしていることは
《左脳が出した答えに、耳を傾けてあげる》こと。
世間では
内観、フィードバック、分析などと言っている。

では
自分は何のために
木育の世界へ、足を踏み入れたのだろうか?

当時、樹木医試験に合格はしたものの
やりがいや、資格に価値を感じていなかった。
それは資格取得が目的であって
その先に目標が無かったからである。

そこに
木育なるものが目の前に現れた。
今になって思うと
探していたのだった
《木と対話するための材料》を。

20210902.jpg 
芦別の黄金水松

2010年9月の連休に
道内の巨木名木を巡る旅をした。
まさに『 気(木)があう 』とでも言うのだろうか
三十数本に出会ったなかで、
ごく稀に、気持ちや感情を伝えてくる木があった。

(ちなみに、
林業の仕事をしている時にもあったのだが
自分の妄想だと思い込んでいた。)

数年後、木育を知ったとき
自分の右脳は、すぐさま
誰もが木と対話できるようになるための
材料のひとつとして《木育》を採用したのだ。

いまの自分にとって
木育は《植物と対話するための材料》になっている。

20210903.jpg 
〇この木はフレンドリーな感情を伝えてくる

これを読んで下さった、あなた自身にとって
木育とは、何であるのか?
なぜ木育マイスターになったのか?
木育を手段とするならば、何が目的なのか?

これらの答えは
木育活動の方向性だけではく、
もしかしたら
あなたの人生の道標になるかもしれない。

(次回に続く)



◆木育マイスター デニーロ石谷

NEW ENTRY «  | BLOG TOP |  » OLD ENTRY

最新記事

カテゴリー

NEWS (9)
木育ファミリーの活動 (15)
あれも木育、これも木育 (11)
木育リレーエッセイ (21)
連載 (35)
広報活動 (1)
会員数と賛助会員紹介 (1)
お問い合わせ (1)
未分類 (0)

リンク