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冬のコートを脱ぎ捨てて(2/2回) -  2019.06.20 Thu

前回の続きです。

【エゾヤマザクラ】
花ばかりが持てはやされ、花が散ってしまったら見向きもしてくれないエゾヤマザクラ。春の葉っぱはきれいなんだけどね。

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淡い緑色が森の中を覆う。オオバボダイジュやアズキナシはその代表かな。
芽鱗の色とのコントラストが好きです。

【オオバボダイジュ】
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【アズキナシ】
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【コシアブラ】
秋にはクリーム色の葉になるコシアブラの開葉は秋のイメージとは異なり、産毛が生えているようにふわふわした柄と葉っぱ、そして冬芽にこんなに蓄えられていたかというぐらい多くの葉っぱが飛び出してくる。
それはハリギリも同じですね。コシアブラを見かけたら、思わず「天ぷら!」と叫んでしまいますが、あくまでも観察ということで、我慢我慢。

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そして、新緑の時にしか味わえない光と樹木の演出に心躍らされます。
【イタヤカエデ】の舞い
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【アオダモ】赤い縁取りが印象的
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【オオカメノキ】シウリザクラを背景に
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まだまだ、紹介しきれないぐらい樹木のお目覚めはありますが、私が春を一番感じられるのは何といっても森の中。樹木の目覚めをダイナミズムと呼ぶに相応しいかは皆さんの捉え方にもよりますが、樹木という生命が躍動感たっぷりで演出してくれる森に正解も答えも必要なく、ありのままで感じられる春がそこにあります。
今年は逃してしまった方も来年は春の森の中に入って、樹木のダイナミズムを感じてください。

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◆ようてい木育倶楽部 齊藤 文美 

冬のコートを脱ぎ捨てて(1/2回) -  2019.05.15 Wed

長かった冬がやっと幕を閉じ、人々は春の装いへと変化してきました。しかし、この時期は、「花冷え」、「リラ冷え」と呼ばれる寒い日もあり、タンスにしまい込んだ冬服を思わず取り出してしまうこともあります。
着込むことで寒さを凌ぐ。人間はその時々において気温の変化に対応していきますね。

一方、樹木はどうでしょう。
多くの樹木は毎年同じようなことを繰り返しながら成長しますが、冬に入る前に芽は伸長せず、翌年の準備をし休眠するという堅実な戦略をとります。この戦略は冬芽と呼ばれ、冬芽には翌年伸びる茎や葉がいっぱい詰まっています。そして、冬芽は芽鱗(がりん)というものに覆われ、寒さや乾燥から守られています。言わば冬のコートのようなものですね。
芽鱗の数は樹木によって違う。サラッとコートを羽織ったりするもの、これでもかというぐらい着込んだり、樹木ごとの戦略を見るだけでも楽しめます。人間は寒くなってから重ね着したりするのに、樹木って何故季節を把握しながら対応できるのか、その不思議さには驚かされます。

【キタコブシ】冬芽
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遠くに見る山々の移り変わり、そして間近で感じられること、さらにお花見で楽しむ。春の感じた方は人それぞれですが、自分の春の感じ方はダイナミズム。そんな春の感じ方を紹介いたします。

日が長くなり、太陽の位置も高さを増し、森の中は陽射しがたっぷりと注ぎ込まれ、いよいよ樹木たちはお目覚め開始。樹木は一斉に目覚めるのではなく、何故かタイムラグがあるのも不思議です。冬芽が膨らみ出し、冬のコートを脱ぎ捨てながら、閉じ込められていた葉っぱや花が開く。芽吹きは樹木によって全く違いますね。急いで葉を開くもの、先に花が咲くもの、花と葉を同時に開くもの、樹木の戦略は様々です。多種多様な森だからこそ楽しめることは多いかもしれません。
それでは、名優たちの演出を楽しんでください。

【シウリザクラ】
これを見ないと春が来たという気がしない、最も好きなのはシウリザクラ。まだ、森の中で寝ている樹木が多い中、この樹木のお目覚めは早い。まるで、俳優のように自己表現をしながらのひとり舞台。演出も派手ですね。赤みを帯びた葉っぱが開き出し、オレンジ色へと変化し淡い緑色へと変わる。芽鱗は花弁のようにも見え、変幻自在の演出はお客さんを魅了しますね。

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【ホオノキ】
元気の良さでは負けず劣らずの樹木。ホオノキの開葉も見ごたえがありますね。一際大きなコートを脱ぎ捨てて開葉する姿は何とも勇ましい。

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その一方で、うなだれ気味で開葉するものもある。葉っぱの形も影響しているのかもしれませんが、カエデ類の葉の出始めは「もうちょっと元気を出して!春なんだから」と声を掛けたくなりますね。

【イタヤカエデ】
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【ハウチワカエデ】
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【ヤマモミジ】
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他にもうなだれて開葉する樹木たち。
 
【ミズナラ】
うなだれの代表格はミズナラでしょう。茎の部分に押し上げられ、嫌々出ているようにも見えますね。

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【ハリギリ】
ゆくゆくは巨大化するハリギリの始まりは控えめ。

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次回に、続きます。


◆ようてい木育倶楽部 齊藤 文美

旅は木育、世は情け(3/3回)観光編 -  2019.04.17 Wed

木育夫婦 大いにはしゃぐ。
有名どころの観光地をめったに訪れることのない私たちだったが、全然観光客らしい所に行かなかったわけではない。人並みの旅をしたいとココロから願う妻の「脅し」が功を奏して、夫のため息を背中に聞きながら、人混みの中に果敢に突っ込んで行く日も、数少ないながらあったのだ。

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宮島の『厳島神社』は、冬の海に浮かんでいた。季節がら、内地から島に渡るフェリーは多少波を被って揺れたが、島に着いてしまえばそう寒くもなく、この程度は私たち道産子夫婦の敵ではない。しかし、人の多さと神社のくせにまわりを囲む木の少なさに(当たり前だ、水の上なんだから)飽きあきした夫は、美麗に並ぶ丹(朱)塗りの柱をそっとコンコンしながら、「これ、ほんとに木かなぁ。コンクリじゃないの? 」と、いちゃもんを付けている。こらこら、神様に怒られるよ。

普通の寺や神社はさいわいにも、夫の大好きな木がたっぷりある。好物の木を堪能しながら、肝心な寺社はさらっとお参りするだけ。普通の人は行かないような奥の方まで木を求めて歩き廻るので、必然的に歩く距離は長くなる。多少迷惑だが、妻も案外そういうところが嫌いではないので、めったに文句は言わない。

なかでも、和歌山の『高野山』はとても素晴らしかった。俗世から隔絶された宗教都市ともいうべきところで、不遜を承知でいうなら、まさにファンタジーの世界である。奥の院の杉林は聞きしに勝る神秘的な存在感に充ちていて、ユングのいう「集合的無意識」を可視化したなら、こうなるのではないかと思わせた。
あと56億6999万7400年後に如来となって降臨する弥勒菩薩と弘法大師を追っかけ出待ちする、名だたる武将とおカネもちさま方の供養塔の間を、杉の古木を拝み、すっかりハイになった私ら夫婦は、そのいきおいで高野山の中をあちこちとはしゃぎまわった。

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三鈷の松の下にしゃがみこんで、三本になっている葉っぱを拾い集めたり、金堂の前に並んで読経するお坊さんの大集団に追いかけ回されて、境内を走って逃げまどう恐怖体験をしたり。とはいってもこれは妻だけ。夫は離れた所で、ハラをかかえて笑って見ていた。(お坊さんの名誉のために言っておきますが、これは単にドンくさい私がことごとく、お経をあげて移動するお坊さんたちの進行方向に逃げていただけのことです)

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お堂を回すと(ホントは握りの付いている枠の部分がちょこっと回るだけ)中のお経を詠んだことになり、功徳が積めるという六角経蔵も力強くグイグイ回した。
私たち夫婦がお堂を回していると、後から来た人が、「何やってるんですか? 」と聞くので、「お経を回してるんですよ」と答えると、この夫婦のような能天気なやつらでも功徳が積めるんだ、と思われたのか、後からあとから皆、お堂を回しはじめた。ところが後で調べると、お堂は時計まわりに回すとなっている。なぁんにも考えていない私たちおバカさんは、反時計まわりに回してしまっていたのである。当然、私たちのまねをしてあとに続いたあの人たちも……。ああっ、ごめんねぇええ!

山口の岩国市を観光したとき、地元の人におすすめを聞いてかえってきたのが、「錦帯橋、岩国藩主吉川家の史料館、シロヘビさま、山賊」。『山賊』は山奥にぽつんとある、ドライブインのようなものである。それが錦帯橋に匹敵するほどの名所というのは、どういうことか。    
まあ、聞いてください、その「聞いておどろけ見て笑え」的なカオスのありさまといったら……。

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またしても予定文字数を大幅に超えてしまったので涙をのんで、ここで打ち切りとする。ただ最後に、ここまでお付き合いくださった方へお礼の言葉にかえて、高野山の僧侶にうかがった講話を記しておく。

わたしが経をよむ
経がわたしをよむ
経が経をよむ

私たちふたりの長いながい木育の旅も、いつかそこにとどけばいいと、願っている。


◆ようてい木育倶楽部/木育マイスター 斎藤 香里

旅は木育、世は情け(2/3回)おどろき桃の木編 -  2019.03.18 Mon

おどろき、桃の木、山椒の木、ブリキにタヌキに……。
この続きを知っていますか?「男はつらいよ」のトラさんでは、「ブリキにタヌキに蓄音機」。
私の好きなアニメの「ヤッターマン」では「洗濯機」。でも、私がこの地口を最初に覚えたアーサー・ランサム著「ツバメ号とアマゾン号」の大好きなナンシーの口癖では「陸蒸気」。
おかじょうきとは、蒸気機関車のことで明治の初め日本初の鉄道が開業し、当時はたいへんな評判となったのでこんな言葉が流行ったのだろう。「古い!」と夫に一蹴されてしまった。
ともあれ、今回はへんな木のはなし。

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『ビランジュ』を見たのは三重の神社の境内だった。真ん中にでんとかまえたそいつは、木のくせに弁柄でお化粧したように艶めかしい朱色の肌をしていた。
「これはさ、別名バクチの木といって、なぜかというと定期的に脱皮するんだよ。ばくち打ちが負けて身ぐるみはがされてすってんてんになった様子になぞらえて、そんな名前がついたのさ」
案内してくれた人がそう言って皮がむけてツルツルになった幹を指さす。
「ほら、見てごらん。ここに樹皮をはぎ取った跡があるだろう? ばくち好きなやつが、お守りとして持っていくんだ」
見るとなるほど、幹に小さな四角い傷がついている。だけど、すってんてんになったお守りなんて持っていてどうするんだろう? 負けるのも嬉しいくらいギャンブル好きってこと? 気持ちが分からない……。
「実は他にもこの木をあがめてる人たちがいてね。誰だと思う? ……ストリッパーだよ」
これは分かる。脱いじゃうからね。でもいまどきストリッパーなんて職業、存在してるのかね? 思いながら赤い幹をつるっと撫でた。バクチの木が、「いやん」と言った……ということはなかった。でも帰りしな、石段の落ち葉で滑ってふわりと尻餅をついた。もしかして、からかわれたのかも。
「おさわりはダメよ」ってか? 
石段に手をついて、彼女を振りあおいだ。「また来るぜ」

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別の神社でしめ縄のかかった『杉』の大木を見たとき、根本近くの幹に小さな長方形の切り込みがあるのに気づいた。ノブこそないが、まわりが二重になっていてまるでドアの桟みたい。
「何だろうこれ。小人さんのお家かな? 」夫の返事はにべもない。
「小人はお前だろ。そんな小さい足してるから、しょっちゅうころぶんだよ」
古木だったので多分お手入れに関係あるのだろうと思うが、この話に結論はない。

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旅先で、とある方の家をお邪魔したとき、お庭に『黒柿』の木があった。黒柿は木の種類じゃなく、柿の木にタンニンがしみて、黒い模様ができるのだと教わった。
「黒柿は魔性の木だよ。切ってみるまでは中がどうなっているか分からない。だからすごい高値がつく、最高の孔雀杢を求めて、こんどこそと切っていく内に身代を潰すんだ」
見ると工房には体験用のコースターの材料がおいてあった。一組300円くらいだったと思う。その中になんと黒柿の材も混ざっていた。「なんでだか、みんな黒柿ばっかり使うんだよね」主人は首をかしげていた。
そりゃ、そうだろう。私だって、黒柿を選ぶ。でも、この家の主人は欲で身代を潰す心配はなさそうだな、と、少し安心した。

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それから、『藪椿』の林に行ったときのこと。みんなあまりにも大木で、ほとんど花が見えず、しかたないので落ちている花でお花見をしたこと。でも幹がクネクネしていてモダンアートの作品みたいで面白かったこと。他にも話したい木のことはいっぱいあるが、また長くなってしまった。しょうがないので、あとは次回につづく、ということにする。次回は最終回。
もう少しだけ、お付き合いいただければ幸いである。

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◆ようてい木育倶楽部/木育マイスター 斎藤 香里

旅は木育 世は情け(1/3回)荒浪越えて編 -  2019.02.20 Wed

私たち夫婦が勤め人を辞めて自由の身になってから、早いものでもう、4年近くになる。
その間、旅に要した日数は延べ60日を超える。
そもそも、職場との性格の不一致で退職した私に、「いいな、オレも退職したいな」という夫のお願いを即了したのは、私の大好きな旅に連れていって貰おうという企みがあってのことだった。
お願いをきいて貰った弱みからか、双方の利害が一致をみた結果なのか、かくして『辞めちゃった夫婦』は、車に寝袋やら削り馬やら一切合切詰め込んで、舞鶴行きのフェリーに乗り込んだ。
冬のフェリーは海が荒れるため、観光客に忌避されているらしい。トラック運送の運転手がわずかに乗っているだけ。シーズンには催されていた船上コンサートもなく、波に遊ぶカモメにカメラを向ける人も居ず、ただただ灰色の海原が広がっている。

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しけのためにまず、オープンデッキが閉鎖になり、まもなく浴場が使用できなくなって、とうとうレストランもクローズした。辛うじて開いていた売店で弁当を買い、ラウンジスペースで昼食を摂る。しかしそれさえもが大変だった。自分たちの寝台がある船室からラウンジまでの、さほど遠くない距離を歩くのが困難だったのだ。大きなうねりを受けて、まず右側の壁にぶつかり、少し行くと今度は左の壁に振られる。
「歩きにくいよ」と私が泣き言をいうと夫は考え込んでから、「地面に足をついている時間が長すぎるんだよ。もっと早く歩けば…。それよりスキップしたらいいんじゃない? 空中に浮いている時間が長くなるから」
そこで私たちは揺れる船の廊下で二人してスキップをした。
結果はそう、あなたが思っている通り…事態を悪化させただけだった。閑散とした船内に人目がなかったのがせめてもであろう。

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そのほかにも数々のくだらない困難が私を待ち受けていた。
『木育の旅』と宣言して、「これは観光旅行じゃないから、観光名所には行かないよ」と言う夫に対し時々、
「せめてこれだけは見せて作戦」を敢行し、森や林から夫を無理やり引きはがし、夫の大きらいな人混み観光に身を投じたり、ハゼの木にかぶれて顔の半分をお岩のように腫らして見知らぬ町のお医者にかかったりもした。広島では広島弁全開の白バイ警官に一通違反を注意され、違反キップを切られるかと思ったが、はるばる遠い札幌ナンバーに免じて、「こんどだけは見逃してやるけん」と、往年の宍戸錠のように二本指を振って去って行く後ろ姿を感謝で見送ったのも今となってはいい思い出だ。
夫はいたって呑気かと思うとそうでもなく、大好きなはずの雑木林で顔色を失くし、梢を見上げたり、足元の落ち葉を拾い上げたりしながら、何やらブツブツつぶやいている。「ごめんなさい、ごめんなさい、ゆるしてください」
「どうしたの?」と聞けば、木の種類が見慣れた北海道のものと違い過ぎて分からないのだという。自分を取り巻いている木がどんなものか分からないので、気持ち悪くて仕方ないらしい。

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私たちの住む北海道に自生する木は30種類ほど覚えていればそれなり当てはめられそうだが、それとは比べようもない程沢山の種類の木が自生している。
哀れな夫には旅先のツタヤでポケット版の樹木図鑑を買い与えて、「これをココロが乱れたときの、お守りにしなさいね」となだめておいた。
 
話が長くなったので今回はこれまで。
お話しが、まだぜんぜん木育らしくなっていませんが、大丈夫。次回からはちゃんと(少しは)木育らしい話題もでてきます。(の、予定)


◆ようてい木育倶楽部/木育マイスター 斎藤 香里

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