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人の基準で物を判断しない、決めつけない -  2022.06.14 Tue

木育異端児の天声樹語(10)

以前にも書いたが
わたしは2010年に
巨木、名木を巡る旅をした。

その時に
とある町の公園で出会ったのが
ヤナギの老木。

明治天皇が
お手植えになったということから
町指定天然記念物の、第一号として
登録されている。

出会った時
外科治療は施されていたものの
まだ衰弱していた。

枯れゆくことに
潔さを感じつつも
諦めのような、切なさが混ざった
なんとも言い難い
哀しい空気が漂っていた。

20220601.jpg
20220602.jpg

この空気感は
巨木、名木を巡ると、たまに体感するのだが
人から見向きもされていないような樹木にはない。

一斉に造林された山林の
とある1本が自然淘汰で
枯れゆくとき
その場に哀しい空気は
微塵も感じない。

しかし
人目に付く樹木が
まもなく枯れそうな状態の場合は
哀しい空気を感じる。

空気を読むというのは感覚でしかなく
何も証明するすべがないのだが
おそらく
悲しい空気の正体は
人がそこに残した≪ 諦めの想い ≫だと思う。

つまり
人が作り出しているということ。

勝手に誰かが
「もうダメだ」と
決めつけている。

植物は
諦めることもなく
かといって
抗うこともなく
その場の状況に合わせ
なすべきことをして
ただ生きるのみ。

そもそも
枯れること
死にゆくことの
何がダメなのか?

全て
個人の価値観
人の基準で
物を見過ぎていることに
気付かされる。

あれから10年
たまたま
立ち寄る機会があり
久しぶりに
会いに行ってみた

(次回に続く)



◆木育マイスター デニーロ石谷

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