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守るべきものは、物ではなく想い -  2022.07.19 Tue

木育異端児の天声樹語(11)

( 前回からの続き )

そのヤナギの老木は
明治天皇が北海道御巡幸のとき
この街に立ち寄った記念として
植えられたものである。

街の開発の影響で
移植を余儀なくされ
今は、この公園に
ひっそりと立っている。

何かしらの公費が
割り当てられたのだろう。
その時は丁寧に
取り扱ってもらえたのだが

今は…

公園に着くなり
目に入ってきたのは
崩壊した外科治療の痕。
幹の痛々しさが
心に突き刺さる。

ほぼ管理されていないと言っていい。

こういうのを目にする度に
思うことがある。

220705.jpg

≪ 残して伝えたいものは何か? ≫

巨木、名木の保存というのは
長い年月をかけて成長し
大きな状態で生きていることが
生物学的な価値であり、
そこに
文化や歴史的な価値も相まって
保存するに至るのだが

当たり前のように
多額のお金を費やして
本体を生かすことだけが
保存だと考える行政の対応に
わたしは疑問を感じてならない。

何かを残すということは
何かを伝えるということ。

樹木を保存するには
そこに目的意識がないと
ただ生かしているだけで
活かすことにはならない。

つまり税金の無駄遣い。

植物には特別なことが出来る
それは≪ 挿し木 ≫
人為的繁殖方法のひとつ
元祖クローン技術とも言える。

220706.jpg

とくに
記念木のような
文化的価値が強いものは
ある程度
老木本体の保存に努めつつも
挿し木で育成して
新たに更新することも
選択肢として加えて良いと思う。

この方が
健全な文化や歴史の継承と
考えられないだろうか

本当に残したい想いは何か
心から伝えたいものは何か

これが明確だと
死んでも活きる、生き方できる。




◆木育マイスター デニーロ石谷

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