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旅は木育、世は情け(3/3回)観光編 -  2019.04.17 Wed

木育夫婦 大いにはしゃぐ。
有名どころの観光地をめったに訪れることのない私たちだったが、全然観光客らしい所に行かなかったわけではない。人並みの旅をしたいとココロから願う妻の「脅し」が功を奏して、夫のため息を背中に聞きながら、人混みの中に果敢に突っ込んで行く日も、数少ないながらあったのだ。

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宮島の『厳島神社』は、冬の海に浮かんでいた。季節がら、内地から島に渡るフェリーは多少波を被って揺れたが、島に着いてしまえばそう寒くもなく、この程度は私たち道産子夫婦の敵ではない。しかし、人の多さと神社のくせにまわりを囲む木の少なさに(当たり前だ、水の上なんだから)飽きあきした夫は、美麗に並ぶ丹(朱)塗りの柱をそっとコンコンしながら、「これ、ほんとに木かなぁ。コンクリじゃないの? 」と、いちゃもんを付けている。こらこら、神様に怒られるよ。

普通の寺や神社はさいわいにも、夫の大好きな木がたっぷりある。好物の木を堪能しながら、肝心な寺社はさらっとお参りするだけ。普通の人は行かないような奥の方まで木を求めて歩き廻るので、必然的に歩く距離は長くなる。多少迷惑だが、妻も案外そういうところが嫌いではないので、めったに文句は言わない。

なかでも、和歌山の『高野山』はとても素晴らしかった。俗世から隔絶された宗教都市ともいうべきところで、不遜を承知でいうなら、まさにファンタジーの世界である。奥の院の杉林は聞きしに勝る神秘的な存在感に充ちていて、ユングのいう「集合的無意識」を可視化したなら、こうなるのではないかと思わせた。
あと56億6999万7400年後に如来となって降臨する弥勒菩薩と弘法大師を追っかけ出待ちする、名だたる武将とおカネもちさま方の供養塔の間を、杉の古木を拝み、すっかりハイになった私ら夫婦は、そのいきおいで高野山の中をあちこちとはしゃぎまわった。

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三鈷の松の下にしゃがみこんで、三本になっている葉っぱを拾い集めたり、金堂の前に並んで読経するお坊さんの大集団に追いかけ回されて、境内を走って逃げまどう恐怖体験をしたり。とはいってもこれは妻だけ。夫は離れた所で、ハラをかかえて笑って見ていた。(お坊さんの名誉のために言っておきますが、これは単にドンくさい私がことごとく、お経をあげて移動するお坊さんたちの進行方向に逃げていただけのことです)

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お堂を回すと(ホントは握りの付いている枠の部分がちょこっと回るだけ)中のお経を詠んだことになり、功徳が積めるという六角経蔵も力強くグイグイ回した。
私たち夫婦がお堂を回していると、後から来た人が、「何やってるんですか? 」と聞くので、「お経を回してるんですよ」と答えると、この夫婦のような能天気なやつらでも功徳が積めるんだ、と思われたのか、後からあとから皆、お堂を回しはじめた。ところが後で調べると、お堂は時計まわりに回すとなっている。なぁんにも考えていない私たちおバカさんは、反時計まわりに回してしまっていたのである。当然、私たちのまねをしてあとに続いたあの人たちも……。ああっ、ごめんねぇええ!

山口の岩国市を観光したとき、地元の人におすすめを聞いてかえってきたのが、「錦帯橋、岩国藩主吉川家の史料館、シロヘビさま、山賊」。『山賊』は山奥にぽつんとある、ドライブインのようなものである。それが錦帯橋に匹敵するほどの名所というのは、どういうことか。    
まあ、聞いてください、その「聞いておどろけ見て笑え」的なカオスのありさまといったら……。

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またしても予定文字数を大幅に超えてしまったので涙をのんで、ここで打ち切りとする。ただ最後に、ここまでお付き合いくださった方へお礼の言葉にかえて、高野山の僧侶にうかがった講話を記しておく。

わたしが経をよむ
経がわたしをよむ
経が経をよむ

私たちふたりの長いながい木育の旅も、いつかそこにとどけばいいと、願っている。


◆ようてい木育倶楽部/木育マイスター 斎藤 香里

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