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ポプラの恩人 堀尾さんのこと -  2020.08.17 Mon

KEMさんの木育生活08

2004年9月8日台風18号が北海道を襲い、札幌でも最大瞬間風速50.2メートルの強い風が吹きました。
この時に、北海道大学のポプラ並木の半数(20本)以上が倒れたのを記憶にとどめている方も多いと思います。北海道全体での林業被害は2万ヘクタールを超え、被害額も二十五億八千三百万円と相当なものでした。

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2004年被災時の北大ポプラ並木

札幌中心部の道路も倒木で通行止めになったり、市街地の街路樹もバタバタ倒れたりで復旧が急がれました。
当初は北大のポプラも災害処理木として処分されることになっていたところを、寸前のところで助けたのが(故)堀尾 時司さん(有限会社 ホリー技研代表)でした。トラックを自前で手配して処理場から、運び出したとのことです。
北大ポプラ並木の倒木がマスコミに報道されると、ほどなくして並木をなんとか再生してほしいとの声が全国的に高まり、義援金が集まるようになります。それを受けて北海道大学では「北大ポプラ並木再生プロジェクト」を立ち上げ、倒れたポプラ2本の立て直し(移植)と倒木ポプラ材の活用が行われました。

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通常ポプラは木材として流通していないので、製材、乾燥のノウハウがありません。軽くて柔らかいので昔はマッチの軸として使われたこともありますが、今ではほとんど利用されません。多くの人に愛され親しまれてきた北大のポプラを、なんとか活かすために色々な取り組みが生まれました。ここでも堀尾さんは、中心的な存在となって活躍されます。自身が所属する「古楽グループ」(代表 市川信一郎北海道教育大学旭川校教授)が提案したチェンバロの製作、フルート、三味線、南米発祥の打楽器カホン、スピーカ箱の楽器等に利用することや札幌市石山中学校で彫刻の教材として利用する計画について、それぞれの製作者と北海道大学との橋渡しをしました。

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その他、置戸町の木工家グループによるクラフト、林産試験場では家具(つい立、ベンチ)などが作られました。現在も北大博物館のチェンバロがある部屋のスペースの一角には、書家の田中さんの板額、小野昭二さん製作のフルート、斎籐匡隆さんの写真立の他、堀尾さんご自身が台風18号で倒木した北大エルム(ニレ)で製作したペン立て等が展示してあります。

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私もポプラ並木再生支援金の寄付者の方へ感謝の意を込めて倒木ポプラで製作した「北大ポプラ再生支援記念品」の企画とデザインをボランティアでお手伝いさせていただきました。記念品は好評で多くの方からお礼の手紙を頂いた他、インターネット上でも喜びの声が交わされました。そしてこれが私にとっての初ボランティアで、木育活動の始まりでもありました。

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ポプラという名前は何となくロマンティックです。日本に自生するヤマナラシやドロノキの仲間は、昔から「ハコヤナギ」という名前で知られていたので、ヨーロッパからポプラが移入されたときに「セイヨウハコヤナギ」と名付けられました。
ポプラというと、細く真っ直ぐに伸びたイタリアポプラが連想されます。春は葉が出る前に穂状の花を付け、花の後の5月初旬、綿毛に包まれた種子が木の周り一面に浮遊します。高さ20mを超すポプラ並木はなかなか壮観です。
学名はPopulus nigra var. italicaで、ヤナギ科ハコヤナギ属。別名イタリアポプラ。populusは、「popular」という言葉と同根で、peopleの意味。
北大ポプラの恩人「堀尾時司さん」の仕事は、トンネル掘削の技術者で長年にわたり北海道中のトンネル工事に関わったそうです。晩年は木で人の心をつなぐ活動に精力的でした。
台風の時期になると毎年、堀尾さんの穏やかな笑顔を思い出します。

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2019年秋の北大ポプラ並木


※堀尾さんのリレーエッセイ:私も「椅子」作ってみました
(旧)木育ファミリーHP
http://www.mokuiku.net/6_essay/6_essay_08.htm


◆KEM工房/木育ファミリー顧問 煙山 泰子 

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