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お話の木(その4) お話の中の固有種/前編 -  2021.02.17 Wed

まだまだ冬である。とくに今年の冬は寒い。外に出て行くのも億劫なので、私の森の探索も、もっぱら本の中にとどまっている。それなら凍るような風雪に晒されることもないし、転んで頭を打って脳外科に駆け込むような災難に見舞われることもない。ぬくぬくとカウチポテトを決め込んで翠滴る森を散策する。これぞ、ステイ・アット・ホームの極意である。今日もいそいそと冬山に散歩に出かけて行った、夫は絶対に賛成してくれそうにないが。

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ファンタジーの中には森や林が出てくるお話が多い。小人のお家は木のうろが定番だし、主人公の子どもは馬に乗って、あるいは徒歩で、うっそうと茂る暗い森に突っ込んでいく。夜になると焚火をして怖いモンスターにおそわれる。そういう場面にさしかかると、ああ、いやだな、恐いな、と思いながらもわくわくする。
ところが最近そういうお話を読み返しながらふと、邪念が差すようになってしまった。暗い森って樹種は何よ? シュヴァルツヴァルトかしら? それならトウヒ? それとも年代物のオークかナラの木もあり得るか。 挿絵に木が書かれていると、何の木だろうと樹木図鑑をめくってみたりしてしまう。でもその辺は著者も、挿絵画家もあまりこだわっていないのか、それとも私の知識の乏しさが災いするのか、なかなか満足できる答えが得られないことも多い。昔、部活の先輩に、あんたはそういう細かいことにこだわり過ぎる、おとぎ話なんだから現実にないものが出てきて当然じゃないかと言われたっけ。それはそうなんだけど…。

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嬉しい事に、その辺の作りこみが結構細かい作家も居たりする。アストリッド・リンドグレーンはスウェーデンの著名な児童文学作家だが、出てくる木はわりとしっかりしている。大好きな作品『ミオよ わたしのミオ』を読むとボダイジュやリンゴの木など、名前がしっかり書かれている。それに子どもが枝を切って笛を作るのがヤナギの木だったりする。木の性質を知っているからこそのナイスチョイスではないか。
このお話の中でいちばん美しい木の描写を引用してみよう。

― まるで、ガラスでできた千もの鐘がいっせいに鳴るような音でした。その音はかすかだけれども、とても力づよくて、それをきくと、むねがふるえだすほどでした。
「わたしの銀ポプラの音がきこえるかね?」おとうさんの王さまがいいました。―
アストリッド・リンドグレーン『ミオよ わたしのミオ』
 
原書にあるシルバーポプラとは、ギンドロあるいはウラジロハコヤナギといわれるヤナギ科の木の別称であろうと思われる。実物は葉裏に白い綿毛が密生していて銀白色に見えるとはいえ、大人になってから出会ったそれは、私が考えていた木とはちょっと違っていた。子どもだった私の中には、もっときらきらしい、不思議な美しさをたたえた木のイメージがあったからだ。そして大人の私は、勝手にこう考えることにした。銀ポプラは確かにギンドロに似た木なのだろう。でも、リンドグレーンはギンドロとは書いていない。だから、このお話の木はこの物語だけに存在する固有種にちがいないと。
かくして、不恩にも先輩に異を唱えたこの口が、前言をひるがえして保身に走った。
それは、ガラスのように透明な耀きを放ちながら、風にひるがえり、震え、小さな鐘を鳴らしてやさしく力づよい歌を奏でる、あの木を守るためである。

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ところで、本題に入ろう。お話の中の固有種の木の話だ。それは…。いやいやもうすっかり文字数がオーバーしてしまった。この話は、次の機会にすることにしよう。もし、親切にも聞いてやろうという奇特な方がいらっしゃるなら。



◆木育マイスター/ようてい木育倶楽部 齊藤 香里

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