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その木は何を思う? -  2022.05.18 Wed

木育異端児の天声樹語(9)

4月下旬から
北海道にも桜前線が到達し
あちらこちらで
「私を見て!」
と、言わんばかりに咲き誇り
否が応にも目に入ってくる。

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すると
公有地の緑地帯には
(公園、河川敷地など)
数多くの桜が
植えられていることに気付く。

職業病なのだろう…
そこから無意識に
目視による
樹木の診断が始まる。

健康状態が
あまり良くない桜が
かなり目立つ。

原因は
適した環境ではなかったり
適切に管理されていなかったり
人間の都合によって
植えられ、管理されたがゆえに
病気になって弱ってしまったのだ。

弱ってしまうと
徐々に倒木のリスクが増し
癒しの存在から、危ないモノになり
やがて伐採されてしまう。

これ
《 全て人間の手前勝手 》

建築土木の業界は
「枯れたら、また植えればよい」
と、考える人が多く
木を植えるのは
景観向上のための
材料(モノ)でしかない。

公共工事では
「花がたくさん咲いて綺麗だから」
「みんなが好きだから」と、いった
バカの一つ覚えとも言えるほどの
安易な考えで桜を植える。

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人なら、適材適所というが
樹木の場合
適地適木【テキチテキボク】といい
樹木の種類によって
各々適した環境がある。
さらには
管理の方法だって違う。

このようなことを
思いながら桜を見ていると
「綺麗」だけでは済まない。

桜に限らず
人の都合で植えられた樹木たちに
いろんな感情を抱いてしまう。

皆さんも
その樹木のこと
深く考えてみませんか?



◆木育マイスター デニーロ石谷

2022木育ファミリー総会について -  2022.04.17 Sun

木育ファミリー会員のみなさまへ

例年6月に開催しております木育ファミリー総会&木育カフェですが、新型コロナの感染拡大に伴い一昨年より2年間にわたり書面での開催となっておりました。
今年度は感染防止に配慮しながら、むかわ木育の学校に集まって開催することになりました。
会員の皆さまとお会いできる貴重な機会でもある総会と木育カフェです。
ひさしぶりに、むかわの春を楽しんでみませんか?

2022年度総会&木育カフェ
開催日:6月25日(土)10:00~
場所:むかわ木育の学校(現地集合)

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花言葉を信じるな。自分は何を感じるか。 -  2022.04.17 Sun

木育異端児の天声樹語(8)

20220401.jpg

先日京都に行きましたら
ちょうどシダレザクラが満開の時でした。
咲き誇る姿は、とてもキレイ!

そんなシダレザクラの
花言葉は

枝垂れた枝から
いっぱいに咲かせる姿は
「 優美 」であり

この姿は
年を重ねて、こうべを垂らし
より美しく振舞うような
「 円熟した美人 」に見え

うつむいているようにも
見える様子から
偽っているようだと
「 ごまかし 」

と、言われている。

ん~
……コレって
誰かの主観ですよね!?

想像力が豊かなのはわかりますが
それほど共感は出来ません。

わたしの
シダレザクラの印象は
「暖かい地域の春」
「滅多に見られない桜」

オホーツク管内で育ったために
キレイに枝垂れた姿のサクラなんて
見たことがありませんでした。

あるところには
あるのでしょうが
寒いし、積雪で折れるし
普通には見られません。

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そもそも
花言葉の付けられ方を
大きく分けると
① 神話、伝説
② 効能
③ 色、形などの特徴
④ ①~③からの印象、連想。
誰かが
勝手に言いはじめて
勝手に広まったものが、花言葉です。

そうです!
決まりが無い、無法地帯状態。

神話や効能は
勉強になって面白いですが

④ なんて
個人、県民、国民によって
それぞれが違う印象を持って当然なのに。

とても違和感があります。

このようなことは
花言葉以外にもあります。

だれかの価値観を
疑問も感じずに受け入れている。

自分は
何を感じ、どう向き合うのか?

自分の感性や価値観を
大切にしてほしい。



◆木育マイスター デニーロ石谷

植物目線で戦争を考える。~ 自由と平和 ~ -  2022.03.14 Mon

木育異端児の天声樹語(7)

植物も日々戦っている。

光と養分を得るために
枝葉や根を伸ばし
隣接者同士で競い合う。

これによって獲得した栄養は
動物、昆虫、細菌類が奪いに来るため
次は防衛戦が始まる。

彼らは
生きるために、
子孫を残すために
何十億年と続けている。

これに、良い悪いはなく
ただそこに
自然の摂理があるだけ。

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では
人の戦いと、何が違うのか?

人の戦いは、エゴが原因
生きる欲求に
さらに加わった≪ +αの欲求 ≫

≪ +αの欲求 ≫は
人間にとっての
幸せであったり、アイデンティティでもあったり。

しかし
不幸の始まりにもなり得る
誰かの欲求が
誰かの欲求の邪魔になったとき
争いが起きる。

それは
≪ お互いが正しいと思っているから ≫

人の争いは
正義のぶつかり合い。

これを植物は
どう見ているだろう。

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梅は、実が食べられるから
桜より正しいと思っているだろうか?
人に喜ばれている、春の桜並木を
妬ましく思っているだろうか?

梅は
自分のなすべきことをして
いまを生きているだけだと思う。

人は
未来への不安から
必要以上に貯蓄や備蓄したり

自分の価値観から外れた者を
安全や安心のためといって
正義を武器にして排除したりする。

植物は動けないけど
心は自由。

人は動けるけど
心には
不安とジャッジという
足枷をはめているように見える。

それを
自ら外せるのに
外そうとしないから
人とは本当に不自由な生き物だと
思われているかもしれない。


◆木育マイスター デニーロ石谷

絵本『夜の木』 -  2022.02.15 Tue

私の手もとに、一冊の黒い本があります。
英語の原題は「The Night Life of TREES」(邦題「夜の木」)という、インドの大型絵本です。
表紙も中のページも黒い手漉きの紙に、シルクスクリーン版画でたくさんの木が描かれています。

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この本と最初に出会ったのは、2007年のこと。東京にオープンした大型複合施設の素敵なリビング用品店のウインドウに、さりげなく置かれていました。閉店後の夜の時間だったので直接手に取ることができず、心惹かれる思いで表紙を見つめた思い出があります。
まだ「木育」が生まれたばかりの頃は、いつもそんなふうに木や森にアンテナを張り巡らしていたのです。

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それから10年経って・・・ついに絵本『夜の木』は、私の所へやってきました。
日本からはるか6000キロ、南インドの出版社で作られたハンドメイド絵本です。
インド中央部に暮らすゴンド族の民俗画家3人により描かれた、聖なる木々の夜の姿が短い文章と見開きページに19本。黒くて厚い紙の感触からも、夜の雰囲気が伝わってきます。
絵のテーマは、ゴンド族に共通する記憶に深く根をおろした物語や信仰と結びついているとのこと。
この小さな出版社(タラブックス)は、民俗画家に著作権の概念を伝えたり、従業員に等しく教育の機会を与えるなど、企業活動を通してより良い社会を築く試みを続けています。

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世界各地には「木にまつわる物語」があり、古来より続く人々の暮らしや習俗と結びついています。
冬の夜、北海道の木や森にまつわる物語をもう一度訪ねてみたいと思うようになりました。



◆KEM工房/木育ファミリー顧問 煙山 泰子

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